東京高等裁判所 昭和54年(ラ)26号 決定
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【判旨】
第三当裁判所の判断
一本件は、抗告人が原告として、被告である相手方に対し、金三〇〇〇万円の支払いを求め、その民訴法五条にいう義務履行地が東京にあるとして東京地方裁判所に訴を提起したところ、相手方は、その義務履行地による特別裁判籍については争わず、ただ民訴法三一条にいう著しい損害と遅滞を避けるため鳥取地方裁判所にその移送を求め、それが原審において容れられた事案である。
二抗告人の本訴請求原因の要旨は、株式会社郡家カントリー倶楽部(代表者抗告人)が、ゴルフ場経営のため、相手方との間に、その所有ないし管理にかかるゴルフ場用地の賃貸借予約を締結するにあたり、抗告人が伊賀忠男名義で保証金六〇〇〇万円の内金三〇〇〇万円を差入れたが、相手方が右予約を無視して、右ゴルフ場の前経営者で破産会社となつた株式会社郡家ゴルフ倶楽部の破産管財人山崎季治との間で、当該ゴルフ場用地の賃貸借予約を締結したため、株式会社郡家カントリー倶楽部が相手方の債務不履行を理由に前記予約を解除したので、抗告人は右保証金三〇〇〇万円の返還を求めるというにあり、相手方は、金三〇〇〇万円受領の事実関係は認めるが、納付主体は抗告人ではなくて株式会社郡家ゴルフ倶楽部であり、その趣旨は、同倶楽部のゴルフ場用地の賃料等の弁済であると抗争するものであることが記録によつて認められ、その点が重要な争点となるものと思われる。
三しからば本件訴訟においては、抗告人と相手方に加えて、破産会社である株式会社郡家ゴルフ倶楽部(破産管財人山崎季治)が不可避的に利害関係をもつて登場せざるを得ず、また鳥取県が、滞納税金にあてるため本件金三〇〇〇万円を右会社のものとして差押えたことが記録によつて知られるから、鳥取県もまた利害関係を有するとして本訴に参加する事態も予測されるところであつて、これらとの関係で、本件訴訟がかなり複雑な様相を呈するに至るであろうことは十分予想され、決して単純な訴訟ということはできない。
四そうすると、本件訴訟の追行にあたつては、記録上双方代理人によつて申請を予定されている人証のうち、抗告人及び相手方町長小林実はもとよりとして、本件金員授受の立会人とされる同町助役山崎寛、昭和五一年一一月一七日付確認書(甲第一号証として提出予定)の筆記者とされる同町開発課長有田益の取調べは必至であり、ほかに、同号証の署名者とされる塩本邦夫及び同年九月一七日付確認書(乙第九号証として提出予定)の署名者であり、かつ本件金員の納付名義人とされる伊賀忠男の取調べも不可缺となるであろうし、更には、右破産会社の関係者とくに破産管財人山崎季治や鳥取県の税務関係者の取調べも必要となつてくるのであろう。そうして、右塩本、伊賀が姫路市に在住するほか、抗告人を除くいずれも、相手方の住所地の鳥取地方裁判所の管轄区域内に在住していることが記録上推認できる。
五以上によれば、本件訴訟の追行が受訴裁判所である東京地方裁判所においてなされることになると、相手方としては、その枢要な地位にある町長始め助役や課長等が、訴訟代理人との打合せや証拠調べのための出廷等により、多大の時間と労力を費消せざるを得ないから、その旅費、宿泊費等もさることながら、本務である行政の渋滞を招くことは免れ難いものといわなければならず、このことは相手方にとつて著しい損害を惹起しかねない。また、たとい相手方の職員が常駐する東京事務所があり、かつ、町長は頻繁に上京する機会があるとしても、裁判所が町長らの上京の機会にあわせて期日を指定したり、逆に町長らが裁判所の指定する期日にあわせて上京するが如きは、実際上常に必ずしも容易なことではないから、訴訟の著しい遅滞を招来することも見易い道理であるといわなければならない。まして、株式会社郡家ゴルフ倶楽部(破産管財人山崎季治)や鳥取県もまた、本件訴訟の帰趨に重大な関心をもつ以上、何らかの形で本件訴訟に関与するに至れば、その面からも東京地方裁判所での訴訟追行は、多くの制約を受けるに至るものと思われる。
そして、これらの著しい損害や遅滞も、本件訴訟が鳥取地方裁判所で追行されるならば、大巾に避けられるであろうことは、叙上の説示によつて自ら明らかであるといえよう。
六たしかに、民訴法三一条にいわゆる著しい損害とは、専ら被告の受訴裁判所での訴訟追行上の負担を意味するけれども、反面移送を強いられる原告にとつて、移送先の裁判所での訴訟追行によつて蒙るべき損害が、被告の右損害と同等もしくはそれ以上であつてはならないことは理の当然であつて、この意味において、両者の損害の比較考量がなされて然るべきである。
しかも、財産権上の義務履行地に特別裁判籍を認めた民訴法五条は、民法四八四条との関係上、多く債権者である原告の住所地の管轄裁判所に訴提起を是認する結果となり、原則として、被告の住所地を普通裁判籍としてその所在地の裁判所に訴を提起すべきものと定めた民訴法一条、二条の趣旨を没却しかねない機能を営むけれども、財産権上の義務履行地がある場合、その地の裁判所にも土地管轄を認めることは、原被告双方の訴訟追行上の利益と便宜を公平の観点から考慮したものといえないわけではないから、右五条を以てもともと不当な規定と即断することも相当ではない。
しかしながら、本件訴訟において、被告即ち相手方が、その義務履行地を管轄する東京地方裁判所において訴訟追行をする上で蒙るべき損害は、さきにみたとおり、単に証人費用などにとどまるものでないことは明らかである(この点は、相手方代理人と、抗告人主張の前記委員会代表幹事との同僚関係や前記破産管財人との父子関係の存在とは本来的に無縁である)のに反し、原告即ち抗告人が鳥取地方裁判所において訴訟追行する上で予想される損害はこれと対比し得べくもない。蓋し、抗告人は、原裁判所において訴訟救助をうけているが、訴状に貼用すべき手数料(一五万二九〇〇円)の納付についてのみであり、その自認するところによつても、大阪には連絡場所程度とはいえ、抗告人が代表取締役をしている会社の本店が二つあり、現に鳥取地方裁判所に係属中の事件もあることが知られる以上、関西ないし鳥取方面へ出向く機会も能力も無い筈はないとされてもやむを得ないからである。もつとも、抗告人代理人は、着手金無しで本件訴訟を引受けているので、出張が度重なると負担過重になるとか、大阪ないし鳥取には信頼すべき弁護士を見出し難いとかと主張するが、このような事情は、たとい肯認し得るにしても、そしてまた、現代の訴訟における弁護士たる訴訟代理人の果すべき役割の比重の増大を認めるにしても、本件が東京地方裁判所で審理判断される場合の相手方の蒙るべき前示損害と対比すれば、未だ鳥取地方裁判所への移送を妨ぐべき事由とするのは困難である。
七その他、記録を精査しても、原判決を覆すべき事由を見出し得ない。
(宮崎富哉 高野耕一 石井健吾)